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2024.11.01
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2012.05.09
荀彧さんの曹魏政権でのスタンスを知る為には中国官制史における尚書の職能を知らねばならない!
と常々思いつつも関係論文読んだり独自研究したりはせずに今まで来てしまいましたが、手っ取り早くですが、Wikipediaの録尚書事尚書令尚書省あたりをざっと読めば多少解ったような……いやしかし後漢と魏晋の過渡期としての曹操政権における職能については微妙にモヤモヤしている気がする……。

これ↓書いた2007年から考え自体は何一つ変わってないのに、それを裏付ける調査・研究だけは一歩も進んでいないというのは、怠慢以外の何物でもないですよねぇ。反省(-_-;)
http://yaplog.jp/azusa_z/archive/74 
http://yaplog.jp/azusa_z/archive/76 
http://yaplog.jp/azusa_z/archive/80
そして読み返したら、想像してた以上に遺漏なく思ってたこと全部書いていた昔の自分よ……。


行政官、特に地方行政のトップで実務官を采配していた荀彧像について最初に気になったのは、冗談で荀令君ファンクラブ名簿作ってた時、荀彧故吏に地方の上計吏出身がやたら多いなと気付いて正史の記述読み返したことが切っ掛けだったんですが、北方三国志小説の中で兵糧が足りません!何としてでもでも用意するのだ!えええ無理です!みたいな夫婦漫才を繰り返してた曹操荀彧のやり取りがすごく印象的だったのも遠因としてありそうです(^_^;)
民屯との関係については完全にここからの発想ですな……。
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